それは決してピアノやバイオリンのように完成された楽器ではない。もともと、パラグァイに伝わる民族楽器である。ピアノのように黒鍵もない。まるでハモニカのようなもの。では音楽を奏でる上で必要な半音はどうするのか?よくしたもので、ジャーべと言う鍵状のものを使って半音をつくっていく。なるほど、原始的ではあるが、それなりの演奏は可能だ。
何故、こんなことを書くのか。
それにはワケがある。今から30年ほど前、大変お世話になった「東京新聞」の音楽デスクであった毒舌家の故林伸太郎さんからアドバイスを受けたことがある。私は彼にパラグァイアンハープのカセットテープを渡し、その美しい音色を聞いて欲しと頼んだ。すると間髪も入れずに、「ああ、これはトイハープね」と一笑にふされてしまったのだ。
トイ・ハープ(?)と言うのは、一部の愛好者はさておき殆どの人は知らない、所謂マイナーな楽器をさすのであろう。つまり未だ市民権の無い楽器ということだ。また、林さんの妹がプロのクラシックハーピストだったので、彼はハープの知識に富み、広い見識を持たれていたのである。
その時私は考えた。
民族楽器は単に民族楽器に過ぎないのだろうか?
林さんはこうも続けた。「やはり民族楽器の枠を超え、クラシック、ジャズ、ポピュラーの分野で他の楽器と互角に演奏出来るようにならなければメジャーにはなれないし、楽器としての市民権も取れないね。しかし、民族音楽は民俗音楽として僕は認めるよ。」
それから数年して、私の前に現われたのが、マリアーノ・ゴンザレスである。当時の彼は、常に2台のハープを持ち歩いていた。1台はメジャー・キーのハープ、もう1台はマイナー・キーのハープ。曲によって使い分けるのである。

1980年代に入って彼は、使いたい時にキーが変えられるよう、パラグァイアンハープにレバーを取り付け、自らがデザインしたレバーまで生み出し、ジャンルを問わない演奏が可能となった。世界中のハープファンにこたえて、セミクラシック、Jazzスタンダード、ワールドミュージックと、誰からも愛される名曲の数々を、フレッシュで、ソフィストケイトなアレンジで、数々のCDを出してきたマリアーノ・ゴンザレス。そして今、ロマンチックなメロディーで充実した新しいCD 「MARIANO〜PARAGUAYAN HARP〜ROMANCE DE AMOR」をリリースする。
しかしながら、あの辛口の評論で知られた東京新聞の林伸太郎さんはこの世にはもういない。ほんとうに残念です。私は彼に2005年のカーネギーホールでのマリアーノ・ゴンザレスの成功、ラスベガス(2007年)アトランティックシティやブランソン(2008〜9年)でのコンサート、また日本では、サントリーホールでのコンサート(2006年)あれも、これも、マリアーノの進展、いや、パラグァイアン・ハープの世界に於ける目覚ましいメジャーな活躍ぶりをみてほしかった。そして今や「トイ・ハープ」とさえ称されたパラグァイアン・ハープがオールマイティの楽器になりつつあリ、独自のポジションを世界中で獲得しつつあることを、林さんはあの世でどう受け止めているのだろうか…。
時代と共に移り行く音楽への価値観を噛み締めているこの頃である。
*Paraguayan Harp パラグァイアンハープ=パラグアイハープ=アルパ